記録映画「日曜日の子供たち」作品紹介

2015.02.17 Tuesday

飯田です。来月の第8回大倉山ドキュメンタリー映画祭の上映作品のひとつ、「日曜日の子供たち」はおよそ35年ぶりの一般上映となります。個人的にはリティ・パニュの「消えた画」と並んで、ぜひ多くの方にご覧頂きたい、とても好きな作品です。
詩的で独創的類似した映画が浮かばず、僕は土門拳の写真集「筑豊のこどもたち」や荒木経惟の写真集「さっちん」を思い出しました。
どんな作品か興味を持たれている方もいると思いますが、インターネット上にはほとんど情報がありませんので、監督の堀田泰寛さんから情報を頂き、ここに掲載いたします。
ちなみに映画の舞台は鶴見の埋め立て地で、会場の大倉山記念館から直線距離で7kmほどの場所だそうです。
撮影は70年代ですので、ここに登場する子どもたちはいま50歳前後でしょう。かつて子どもだった多くの方々に、いまご覧頂きたい作品です。


1980年度 記録映画作品/16mm/黒白スタンダード/1時間43分
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■ 記録映画「日曜日の子供たち」の始まり
 1972年のある日曜日、私は撮影で京浜工業地帯に行った。工場街の道を子供が四人歩いていた。私はその子供等を撮りたいと思い近付き、その子供等の一人に話しかけた。しかしその子は黙っていた。更に話しかけた時、その子の「何か」が、私を深く刺し、私は撮る言葉を失ったまま、その場に立ち尽くしていたことを憶えている。それは何だったのか、いくら思い詰めてもおぼろげである。多分「撮ってもいいかい」「撮りたければ、勝手に撮ればいいだろう」と言い合った事も含めて、「何か」。
 私はすっかり自信を失っていた。私は卑屈な思いでその子等を追い、その子等と話をした。「何処へ行くの」「海」「何しに」「魚を捕るんだ」「魚いるの」「いない、兄さんが言ってたけれど四年前は魚が沢山いたんだって」。
 私は思い詰め、その子らの前に立ち、手にしていた16mmカメラを構え、回し、そのまま回り込んで、遠ざかって行くその子供等の背をじっと見ていた。その時、私の中を過ぎったものは、突然子供たちが死んでしまうのではないかという危機感に対する慄きであったような気がする。そしてこの日の事が、ここの子供たちを撮ろうとした、撮り続けたきっかけで在った事は確かな事である。

 当時、工場から排出される煤煙や自動車の排気ガスは空気を汚染し、光化学スモッグを発生し、子供らを襲った。工場や家庭から排出される廃液は、川を、海を、汚染していった。子供等はその中で生ていた。目に見えない汚染に侵され、蝕まれていった。小児喘息を発症し苦しむ子供等がいた。

 私は、四人の子供等と出会った場所を探した。どうしたことか見つからなかった。探しあぐねていると、不意に工場街を通る道に出た。その道は広くどこまでも伸びていた。あの子供等を見たのは、ここの様な気がした。その道を行くと海だった。広大な空地が下手にあった。瓦礫や草や得体の知れない構造物があった。立入禁止の札が付いた有刺鉄線が張り廻らされていたが、錆びて切れ落ちていた。その空地は、子供等にとって海に面した格好の遊び場だった。 (1980年4月8日 堀田泰寛)

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■この映画を観た三好さんが、「この詩は『日曜日の子供たち』を詠った詩です!」と、
インドの詩人ラビンドラナート・タゴールの詩の一編「海辺で」を、私に見せた。

「海辺で」
はてしもない 世界のうみべに
こどもたちが あつまっている。
はてしもない 大空は 頭のうえでうごかず
みずはやすみなく みだれ さわいでいる。
はてしもない 世界のうみべに
こどもたちは あつまり
さけび おどっている。

こどもたちは 砂で家をこしらえ
からっぽの 貝がらであそぶ。
かれた 葉っぱで 小舟をあみ
ほほえみながら うみにうかべる。
こどもたちは 世界のうみべを
あそびばにする。

こどもたちは およぎもしらず
網をなげて さかなをとるわざも しらない。
真珠とりは 真珠をとりに
みずにもぐり あきんどたちは
船をはしらせているのに
こどもたちは こいしをあつめては
また まきちらす。
かくれた宝を さがそうともせず
網をなげるわざも しらない。

うみは笑いごえをたてて もりあがり
なぎさのほほえみは あおじろく光る。
死をあきなう なみも こどもたちには
まるで ゆりかごをあやす ははのように
意味のない 小唄をうたい
うみはこどもたちと たわむれ
なぎさのほほえみは 白く光る。

はてしもない 世界のうみべに
こどもたちは あつまっている。
嵐は道もない おおぞらにほえたけり
船は航路(みちすじ)のない みずにくだけ
いたるところに 死があるのに
こどもたちは あそぶ。
はてしもない 世界のうみべに
こどもたちの 大きなあつまりがある。
(世界現代詩文庫1 アジア・アフリカ詩集 高良留美子 訳・編 土曜美術社)より

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[企画・撮影・監督・編集] 堀田泰寛
[音楽・ピアノ演奏]宮沢明子
[製作]四宮鉄男・三木實・.堀田泰寛[録音]本間喜美雄[ネガ編]川岸喜美枝[現像]ソニーPCL
[協力]グループ現代・青山録音センター・日本ECアーカイブ・フレールアド・ソニーPCL・他多くの方々
問い合わせ Email cosmos3945@gmail.com  Fax 03-3393-0428(堀田泰寛)

[後記]2011.3.11福島第一原発破壊事故により、大量に撒き散らされた放射能の汚染は、海に、山野に、人々の住む家々に、畑に、花に、鳥や虫に、犬や猫に、子供らに、妊婦に降り注いだ。人々の失ってしまった故郷の山野、住む家、田畑、それらの前に立った時、失ってしまったものの余りにもの大きさに、言葉を失った。高放射線量が体の細胞を貫く、体がじわーっと熱くなった。目に見えない放射線が体を侵し貫いたのだ。私は、この事態にキャメラを向けなければならない。と怒りが込上げた。(堀田泰寛)

 
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