きっかけは猫おばあちゃんだった

2008.01.01 Tuesday

「動物たちの命の大切さを伝える映画を作ってほしいの。お金は出します。」
 劇場ロビーのベンチで見知らぬおばあさんにいきなりそう切り出された。
 面食らった僕は「ハァ?」と口走りそうになりながら、一応は話を聞くことにした。
 2004年4月、東京にある下高井戸シネマ。ここでは年に1回、ドキュメンタリー映画の特集上映が行われる。この日は僕の映画「あしがらさん」上映があり、舞台挨拶のため劇場を訪れていた。
 おばあさんの話は要領を得なかったが、要約すれば、昔から猫好きで自宅で面倒をみたりノラ猫に餌をあげたり、何匹も世話してきた。しかし、自分ももう年で先も長くない。自由になる多少のお金があるから、それを猫や犬のために使いたい。それで映画製作を思いついた、という。
 しかしまったくの個人でドキュメンタリー映画の製作を依頼してくるとは聞いたこともない。まして相手はけっこうなお年だ。悪いが僕は半信半疑だった。おばあちゃんのためにも、
「もし動物のためにお金を使いたいというなら、映画製作よりも動物愛護の団体とかに寄付するほうが確実で有効じゃないですか?」
 と伝えた。
「あたしも以前は関わっていた団体もあったけれど、信用できないところもあるから。」
 そんな返事だった。しかし初めて会った僕は信用できるのか? 
 そもそも動物のことなんてこれまで関心もなかった。そんな僕に何を撮れというのだ。
「あたくしは映画は素人ですから、具体的な内容は一切お任せします。」
 うーん、こんな話ってホントにあるのか? 狐につままれたような気分だ。動物の話だけに。
 もう夜も更けていた。とにかくまたあらためてお話を伺いますと、連絡先を交換して別れた。

 1ヶ月ほど経ってから、再び会うことになった。どうも猫おばあちゃんは本気のようだ。
 間もなく満期を向かえる自分の生命保険がある。自分の自由になるお金なので、それを映画の資金として使ってほしい。家族も口出しせず了解してくれていると言う。
 個人の自主製作でやってきた僕にとっては、けっこうな大金だ。断わる理由も、ない。
「僕でいいんですか?」「あたし、人を見る目はけっこう確かなのよ。」
 ホンマかいな?と心の中でつぶやく。
「何にも注文はないんですよ。ただ、あたしが生きているうちに見せてくれれば。」
 聞けば数年前に乳がんの手術をやっていて、転移の心配がないわけでもないと言う。
 それを聞くと僕も心苦しい。しかしこちらもすぐには始められないし、まったく知らない分野だ。充分な時間をかけたい。あまり待たせるのも酷だと思いつつ、来年から始めて完成まで3年欲しいと伝えた。
 おばあちゃんは少し考えていたが、了解してくれた。
 こうして、僕の次回作が決まった。

 別れ際に、気になっていたことを訊ねた。
「何でそんなに猫なんでしょうね、思いの行き着く先が?」
「やっぱり何かを可愛がりたいんじゃないかしらねぇ。人も好きですけど、人間よりマシみたい。動物のほうが。」

 猫おばあちゃん、稲葉恵子さんは、2007年2月、映画の完成を見ることなくこの世を去った。

 せめて僕はこの映画を完成させ、彼女と、彼女が愛した、猫や犬に奉げる。

2008年1月1日
飯田基晴
コメント
ごくごく普通のおばあちゃまから始まった映画なのですね
観る事は叶わなかったけれど、誰よりも喜んでくれているでしょう
この方の願いと思いが一人でも多くの人に届くようがんばってください
こちらの記事を転載させていただきます
  • by あまね
  • 2009/02/13 6:31 PM
はじめまして。
友人のブログのリンクから、参りました。
この映画のこと、私のブログでも、ご紹介させて頂きます。
一人でも多くの方に、見て頂きたいと思いますので。
素晴らしい映画を作って下さり、ありがとうございます。
作品、観ました。
本当によかったです。
色んな観点からの捉え方、観た方がどんな方でも理解しやすく受け入れられやすい作りだと思いました。
最後は本当に悔しくて、悲しかったです。
猫おばあちゃんは本当に人を見る目があったと思います。
観てよかったです。小さい映画館でしかやらないのが現状だけど、いつか世の中が変わると、私は信じています。
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リアルタイムだわあ…。杉本彩さんのブログで知りまして。 こういう風に捨てられた犬や猫が次々と殺されている現状が ドキュメント映画になっています。サイトで予告が見れます。 予告だけでつらくて悲しくて泣いちゃったよ… でも、今だからこそ映画館で本編を見よ
  • まっすぐ。-好きになってくれてありがとう-
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